ジェラートで痩せる?!

エキセントリックに聞こえるタイトルかもしれませんが、これは実際にお客様からお伺いした話しで、ここに書いてもいいですとご許可いただいたうえでお知らせします。

長年のプレマ株式会社のお得意様、中島様。通販はもちろんのこと、1時間半ほどかけて、京都にある私たちの自然食のお店にちょくちょく来ていただいています。

中島さんご自身は、一時期は厳密なマクロビオティックに取り組んでいたそうです。ご主人様の難しい病気のこともあって、なおさらに「食をしっかり正さないと」と、相当ストイックに実践されていたご様子。こういう方は、弊社のお客様には少なくありません。

ただ、「甘いものは毒」「肉はダメ」「陰性は悪い」「火食は毒食」などと、健康に関する知識が入っていけばいくほど、「あれがだめ、これがだめ」という迷宮に入り込み、とても疲れてしまったとおっしゃいます。これは、実際に自然食をやっている方ならよくお分かりになる話しで、自然食実践者でない方でも「たしかに、あの人はあれがだめ、これがだめと言ってるな。」というご経験があるかもしれません。

お菓子の世界で勉強をスタートしたとき、少なくないパティシエの方から「あー、マクロビオティックで宗教ですよね、砂糖を食べたらダメという教義があると聞きました。」とか、「玄米だけ食べて、真っ黒になるあの分ですね。」などと言われました。私はマクロビオティック自体をそれなりに勉強し、教える立場でもあったので、なおさらにこのような一般認識は知っては知ってはいましたが、面と向かってそう言われるとある種の驚きすら感じました。

「これは、マクロビオティックや玄米自然食の本質が全く理解されていない!」とお怒りになる方もいるでしょう。でも、私は、この認識は正しくないとしても、それを抱いた人の印象は間違っていないのだと思います。もっと壮大な、食を通した生き方と平和への道であったはずのマクロビオティックなり正食運動なりが、おそらくむしろ押しつけがましい信念として聞かされてしまったとき、それに対する拒絶感や乖離感で、どこかの新興宗教の教義のように聞こえてしまうことを責められるでしょうか。

私もジェラートの勉強や準備をしていると話すと「え?アイスクリーム?あんな体に悪いもの。」とずいぶん言われました。原理主義的な目線でみれば、自然食屋がジェラートをやるなんて、単なる冒涜にみえるのかもしれません。

さて、中島さんと盛り上がった話はこうです。

そういう、ストイックな毎日に疲れ切ってしまった中島さん。私の話や、いろいろな人の話しを聞いて、「もっと楽に生きてもいいのかも!」と考えたようで、厳しい自然食のルールは外して、できるだけ体にいいものを選ぼう、くらいの気持ちに切り替えられたそうです。とはいえ、「正しくて間違っていないこと」としての情報が頭に入ってしまうと、甘いものやジャンクフードを食べるのは冒涜のように感じ、どうしても自らを責めてしまう気持ちが生まれます。

そうこうしているうちに、突然理性の箍が外れてしまい、ジャンクフードを止めどなく食べたくなり、その衝動を止められないときが出てきたというのです。そうやって、体にいいものを選んで食べ、その一方で抑圧が働くストレスでジャンクフードをとにかく口に入れたくなる、こんな衝動が抑えられなかったそうです。

自然食屋で売っているアイスクリームやお菓子の類いは、確かに体には悪くないのかもしれませんが、現代人の私たちにとってはとてもおいしいと感じる代物ではないことがたくさんあります。おいしいとは極めて主観的なもので、「これは素材の味が生きていて、砂糖がゼロだからおいしいはず」という決めつけでいってしまうと、頭の声と心の声がねじれてしまい、「とりあえずこれをおいしいということにしておこう」という、また別の抑圧が生まれます。その抑圧がまた次のストレスを、そして脳を直撃してくれるジャンクを、という繰り返しが始まります。

思いたる方、いらっしゃいませんか?

「自然食が」「マクロビオティックが」という話しを出すまでもなく、ダイエットのためにと食を極端に細くすれば、がまん圧力が高まった欲求で思いっきり食べ過ぎてリバウンドしてしまう。糖質制限などは最たるもので、糖尿病でもない人が脳に必要な糖質(穀類まで!)を制限するので、脳はある種の飢えを感じ、極端にイライラしたり、猛烈な動物臭が体から沸き立ったりしつつ、突然夜中にラーメンと牛丼を平らげたくなる衝動でどうしようもない、というご経験はないでしょうか。

何でも、極端に走れば極端が帰ってくるのは摂理であり、これを解き明かしたのがマクロビオティックなわけですが、結局のところ、何にしても極端は極端に過ぎないのです。

中島さんの場合、プレマルシェ・ジェラテリアのジェラートを週1回ほど食べるようになって、他に何もしていないのに3週間ほどで2キロ痩せた、ということでした。

今までお話ししたように、味気ないシャリシャリのアイスや、ばさばさのケーキ、ヴィーガンでもないのにヴィーガン系の食事などをしているうちに、極端の反動がやってきて、とにかく甘くて濃厚なもの!と心が追いかけてしまい、止められなかったという話しです。

プレマルシェ・ジェラテリアのジェラートは、自然食のよくあるような味気なさとは無縁です。たとえヴィーガン仕様であってもしっかり甘く(甘過ぎはしません)、そして濃厚さをしっかり持たせています。私は心の薬を作りたい、フードバリアを乗り越えたい、その結果として笑顔が満ちあふれる場所を創りたいと再三書いてきた通りの目的を持っていますので、圧倒的においしく、しっかりした満足感があり、非常に繊細な組立である必要があります。

そのうえ、非加熱サンゴによってミネラルが豊富で、食物繊維がしっかり摂れ、多くのフレーバーで健康素材やオーガニックを山盛りに投入し、なのにすごく滑らかで(ミルクを使っても使わなくても)ミルキーおいしいという特徴がありますので、「ああ、なんだか不満、もっと強烈なのが食べたい!」という衝動が起きないのです。

「あれはだめ、これはダメ」ではなく、「あれよりもこれ、これよりもそれ」という発想で組み立てるジェラートですから、砂糖は甜菜糖や穀物・フルーツの糖に、ミルク類は牛乳や生クリームを使うこともあれば、1滴の動物性素材も入れずにレシピを組んで牛乳素材と勘違いするような濃厚さを醸し、フレーバー次第ではイタリアンジェラートとしての滑らかさや粘りの一つの要因であるブドウ糖や、ハチミツ、本場イタリア人も羨む優れた日本甘味素材であるトレハロースも使います。原理主義的にいえば、牛乳はいわずもがな、甘みはたとえ甜菜糖でも、発酵した糖でも、ブドウ糖などもってのほか!ということになるわけですが、ダメダメ発想だけでいかず、それをどこかで渇望してしまうという負の連鎖に陥らないようにしているのです。

すべてダメ!という人でも食べられるのが、プレマルシェ・ジェラテリアにしかない米100%でできたジェラートです。とても、米以外のものが入っていないとは想像もできない、イタリアンジェラートとしての本流を守ったテクスチャーと濃度です。あらゆる選択肢を用意して、それぞれに渇望が生じない、おいしさと満足、そして笑顔を共有したいという長年の思いで創りだしたジェラートで、中島さんの心と体は満たされはじめ、もう、ジャンクはとても食べたくない、だっておいしくないから!というところに至っていただいたようなのです。

これが中島さんがお痩せになった一部始終です。

ダメダメは、最大のモチベーションになります。ダメと言われたことをやりたくなるのは、日本人なら鶴の恩返しの昔話で解き明かされていることで、最先端の脳科学でもこの事実は証明されています。スカートの丈を膝下3センチにしろというから、膝上にカットしたくなるのです。パーマはダメと言われたら、パーマをかけたくなり、明日は人間ドックだから9時から絶食と言われると、9時になったらいきなり空腹を感じるのです。

甘いもの、食べてもいいよ、でも、できるだけ質のいいのをね。
まずいのより、おいしい方がいいよね。満足感は欲しいよね。
単においしいだけじゃなくて、体にもいい素材が使ってある方がいいよね。

こう言われて許容されたら、誰が無意味な質の悪いコンビニアイスや菓子パンのドカ食いに走る必要があるのでしょうか。

中島さんは、今日、その話をなさって、500グラムのお持ち帰りパックをお買い求めいただきました。また来週まで、ご夫婦で仲良くゆっくり召し上がって、さらに満たされておいて下さいね。

そして、読者の皆さま、どうぞ、もういっぱいがんばっている毎日だからこそ、たまには心も魂も癒されにきてください。私たちは、心の薬としての甘くて幸せな味のするジェラートを作り続けます。

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